思いやり

ここ最近、自分が努力してもどうにもならないことが多く、ただ悩むばかりでどうしようもない。というか、悩んでも仕方がないことも明白で、友達に言わせれば、そういった問題からは手をひけば良いことである。しかし、恩着せがましいことこの上ないのかもしれないが、僕には放棄することはできず、最後まで関わって一緒に悩みたいと思っている。
タイトルの思いやりは、別に自分のことをいっているのではなく(笑)、思いやりの必要な世の中について少し考えてみたというだけ。


世界中にたくさんの人がいて、それぞれの人が日々いろいろなことを考えながら生きている。そして、それらの思いが交錯しながら世界が回っているのである。
人は一人では生きられない。
これは、いろんなレポートや何かで僕がやたらと使うテーマなのだが、ホントにこの言葉の通りで自分以外にたくさんの人がいるからこそ、日々が成り立っている。人間という表記は、まさにこれを表していて、”人の間”と書いて”人間”なのである。人と人の間に存在してこそ人間となりえるということである。
話は飛んだが、とにかく人は人との関わり合いの中で生きているということである。つまり、自分の行動が他の誰かに何らかの影響を及ぼしていて、思いやりが必要な世界であり、思いやりは人間たるために必要な要素であるはずである。
どんどん言いたいことはわからなくなってくるが、このエントリを書くきっかけでもあった僕の主張は、こんな世の中なのになぜ人の気持ちを考えられない人がこれほどまでに多いのか、ということである。
自分の行動や発言が誰かを傷つけているかもしれない、僕は常にそういったことを考えてしまう。常に考えているのは、もしかしたら病気なのかもしれないが、僕一人もこの世界を構成している要素の一つであるはずなので、僕の行動が世界を変えてしまうこともありうる、と考えれば、まったく他者のことを考えないというのはありえないと思う。
ましてや、好きな人のことだったりしたら当然だろう。待ち合わせに遅れそうなら早めにその旨を伝えるべきだ。約束しているのならなおさら。約束とは、守るためだけに存在するのだから。
文章はさっぱりまとまらないが、一番言いたいことは、僕の大切な人を傷つけないで欲しい。
そして、一番悲しいことは、僕にとって大切な人を救えるのは僕ではないことだと思う。

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